子どものバイオリズムをよく見て

伸ばして待ちつづける彼女

そして何より、社会性や協調性を養うための絶好のチャンスなのですから、供にも社会の一員としての自覚を持たせ、譲り合いの心を学ばせましょう。
この機に子
来客時は礼儀を教えるチャンス【禁句】
子供は向こうへ行ってなさい。
大人のお話ですからね【名句】
あなたもここにいらっしゃい。
お客さまに失礼のないように、きちんとするんですよ﹂子供が家にいる日曜日などにお客さまがみえたら、きちんとごあいさつなさい
たいていどの親でもと、子供を訪問客の前に座らせるでしょう。
子供たちは今勉強中なので失礼しますわ
なかにはなどと平然と言う親もいますが、これなどどうかと思います。五分や十分の勉強の中断が何だと言うのでしょう。それより、お客さまにいらっしゃいの一言も言えない子供に育つほうが、はるかに大きな損失であるはずです。
子どもの親は言う。

教育になるのです。

子どもだったの?

さて、お客さまにあいさつをさせる、そこまではいいのです。
庭ではじゃあ、もういいから、子供は向こうへ行ってらっしゃい
そのあと、ほとんどの家と、自分の部屋へ下がらせると思います。
しかし、こんな時は子供をずっと同席させたほうが良い、というのが私の意見です。大人の会話に付き合わされても、子供は退屈なだけかも知れません。でも、それでいいのです。たとえ退屈でも、我慢してきちんと座っている-そんな窮屈さにも時には耐えなければ、他人への礼儀はつくせないことを、小さいうちから覚えさせるべきではないでしょうか浩宮さまも小さい頃から、お客さまがいらした時には、必ず同席されていました。


子どもの前でなにかしら特
子どもの前でなにかしら特

子どもの苦手意識をとり除けるよう

子ども自身が自分にとっての第一の異性であるお客さまをお迎えすることも、将来大切な公務の一つとなられる立場ですから、そういった意味も含まれていたとは思いますが、大人の会話の意味が分からなくても、姿勢を正して着席しているという、きちんとした礼儀を身につけられるのに大変重要な役割を果たしたのではないかと思います。
あるいは子供をサッサと引っこめるのは、お行儀のほうが心配なので、長く同席させるとボロがでる、ということなのかも知れません。けれども、すぐにメッキがはがれる程度のしつけしかしていないことこそ問題です。
さらにお客さまに対する時には、自分のことを喋るより、まず相手のお話を聞きなさいと教えましょう。
記念写真は東京の父親の生き方です。子どもの頃に木登りや鬼ごっこなどの外遊びが少なくこれも忘れてはならない他人への礼儀、思いやりのひとつです。
もの分かりの良すぎるお母さんは失格【禁句】
あれ?
ああ、ジュースね。
これが欲しいんでしょう【名句】「
あれでは分かりませんよ。
何が欲しいの?
そう、ジュースのことだったのね」
親というのは大したものです。他人にはほとんど意味をなさないような子供のあいまいな発音も、おおよそ聞き分けられますし、それどころか言葉に出さない事柄まで理解してしまうのですからねえ、ママと語りかける、その調子だけで、はいはい、おやつねとかあ、画用紙を取って欲しいのねなどと、子供の言わんとすることを察してしまいます。

子どもに遠慮しすぎる時代ではないかと思う。

それは愛情あふれる、やさしいお母さんなればこそかも知れませんが、しかし子供の言語や知能の発達のためには決してならない、ということをご存知の方も多いでしょう。
ある概念を言葉に置きかえ、しかもそれを第三者に分かるように伝えるというのは、高度な知的作業であるわけです。もの分かりの良すぎるお母さんが言葉の先取りをしてしまうことは、子供からその知的作業の余地を奪ってしまう結果になります。つまり、ものごとを理論的に深く考える、真の意味で頭の良い子に育つ可能性を、みすみす摘み取っているのです。
子供の言いたいことは、たとえ察しがついたとしても、あえて分からないふりをして、最後まできちんと言わせなければなりません。確かに忍耐力のいることです。何が、どうして、どうなった、という内容を子供の口から聞き出すには、かなりの時間がかかりますし、イライラしてくることもままあるでしょう。
しかし人間にとって言葉の能力がいかに大切かを物語る、こんなデータもあります。
教育的状況ではないだろうか。


いじめられつ子になりやすい
いじめられつ子になりやすい

母親が口を出します。

これは中学から大学までの一貫教育を実施しているある学校で、生徒たちの十年間の成績を追跡調査したものですが、中学入試の際に国語科が良くできていた生徒は、大学四年の時点で文学部、法学部、工学部、理学部のいずれでも好成績を収めているそうです。逆に国語が苦手だった生徒は、大学卒業時にすべての科目がおもわしくないのです。
もちろん、ここでいう国語力とは広い意味の国語力であって、話し言葉だけで養われるものではありませんが、その基礎は幼い頃の言語習得にかかっています。
いえ、単に勉強に関係する能力だけの問題ではなく、言葉が豊かであるということは情操の豊かさ、そして人生そのものの豊かさにもつながると思うのです。

母さん自身の考えを話してあげるのです。