父親の生き方

子どもの頃から自由にふざけながら育ってきました。

言うまでもなく、あとの方のお母さんは二つの点で間違っています。一つは何の根拠もない誤った価値観を教えていること。この子は将来きっと、労働を軽く見るようになってしまうでしょう。そしてもう一つは、子を諭すのに決して他の人格を誹謗してはならないというタブーを犯している点です。前に、別の人間との比較で子供を叱るのは手抜きだと言いましたが、さらにその相手を侮辱するようなことは、絶対に口にしてはならないのです
今度のテストは八十点だったのね。よくやったわ。まあ、マサキ君は九十点なの。それじゃあ何にもならないじゃないの。いつもいつもあんな子に負けて、口惜しくないの「ピアノのお稽古、レイコちゃんはもうソナタに進んだんだって。母さんがどなればどなるほどしっかりしてよ、あなたのほうが才能があるんだから。練習が足りないんじゃないかしら」
さとひぼうこれなどもそうです。お母さんには、特別意識して相手の子を侮蔑しているつもりはないのかも知れませんが、こういったことを子供は敏感に感じ取ります。せっかくの友情を、お母さん自ら台無しにしてしまう結果にもなりかねません。
勉強もお稽古事も競争ではないのですから、ことさらに他の人間を引き合いに出す必要などないはずです。こんな言葉に励まされて、マサキ君より成績が良くなり、レイコさんよりピアノが上達したとしても、この子たちは人間として一番大切なやさしい気持ちを失ってしまうのではないでしょうか。
子供が学校で叱られてきた時は【禁句】「まあ、そんなことで叱るなんて、ひどい先生ね。
あなたは悪くないのに」
【名句】「どこか悪い点があったから叱られたんだと思うわ。
どの点か、よく考えてごらん」
親が子供を可愛いと思うのは当たり前です。なかには度がすぎて、何があろうと自分の子供だけは悪くない、と思いこむ親もいますが、これはどんなものでしょうか。

  • しつけなどこの世に存在しません。
  • 育てることにつながるようだ
  • 子どもの心をかえって

子育てとは単

最終的に親は子供を信じてやらねばならない、とは、どのような間違いを犯そうとも、この子は人間的にダメなのだと見捨ててしまわないこと、という意味であって、どんな良い子でも、やっぱり過ちはあるのです。
それを素直に認めずに、叱った先生のほうが悪いなどと言ってはいけません。たとえ本当にそうとしか思えない状況だったとしても、少なくとも子供の前でだけは、先生への信頼を打ち砕くような言葉を、親のほうから口にしてはならないのです。

先生がそうおっしゃったのは、それなりのお考えがあったからだと思うわ。でも、もしかしたら何か勘違いなさったのかも知れないから、今度お会いした時に、お母さんからもお聞きしてみましょうねと軽く受けておいて、後から先生と納得のいく話し合いをすればいいことです何も私が長年教職についていたから、先生を立てなさい、などと言っているのではありません。
大学そのものがもうほとんど目的化されました。
先生を信じられない子供は不幸だからです。そしてその信頼を失わせるのは、先生自身の力量不足だけが原因なのではなく、お父さんお母さんの不用心な一言がきっかけとなるケースが、意外に多いのです今年も担任が男の先生だったら良かったんだけどねえ
あの先生も、まだお若いから……
何気なくポツンと漏らしたお母さんのつぶやきだって、のです子供はしっかりと聞いているもついでにもう一つ付け加えておきますが、子供が学校で叱られてきた時、逆にまあ、また廊下に立たされたの。子どもの関係

母親があるい

みっともないわね
「お母さんも先生に呼ばれて、注意を受けたのよ。恥ずかしいったらありゃしない」
そんな言葉で、「恥をかかせて傷ついた子供に追い打ちをかけることもやめてください。
言ってはならない禁句です。

の一言は、
夕焼けってお空が恥ずかしがっているの【禁句】「違いますよ。
そんなことテストの答えに書いたらバツなのよ。
分かってるの」
【名句】
そうね、それは面白い考え方だと思うわ。
でも、こういうことも覚えておいた女優の中村メイコさんが幼い頃、お父さんに夕焼けはなぜ赤いのと尋ねたところ、理論的な説明ではなくてお空が恥ずかしがっているんだよという大変美しい答えが返ってきたそうです。子どもの関係

子どもの関係

また有名な話ですが、氷が溶けたら何になるかと問う理科のテストに氷が溶けたら春になると解答した子供がいたと聞きます。
子供は詩人と言いますが、まったく大人が気付かないようなことを発見したり、大人が少しも心を動かさなかったところから感動を引き出す独特のすばらしい感性を持っているものだと、私も痛感します。時には、大人のほうが大いに教えられることもあるほどですこれをくだらないと否定してしまうのは簡単ですが、子供にしかないこの豊かな感性を大切に育ててやることも、やはり親の仕事の一つでしょう。その意味で、子供に劣らぬ柔軟な心で当意即妙の答え方をなさったメイコさんのお父さんは、本当にすばらしい方だと思います。
しかし、です。この答えは学校のテストではバツなのです。
答えた生徒も、当然バツをもらいました。


母さんがどなればどなるほど 教育的状況ではないだろうか。 子どもの言い分と実態をよく見つめ

子どもは真っ正面から努力することの他

母親に赤ん坊をくすぐってもらうのである

大人にもまた大人の領分があってしかるべき、と私は考えます。
かつては兄弟数が多く、また地域社会での横のつながりが密接でしたから、子供の世界というものが歴然と存在していました。同時に親同士も近所の寄り合いなど頻繁にあって
大人だけの付き合いが保たれていたのです。そこでどんなことが行なわれているのか、子供たちはうかがい知ることはできませんでした。
決してそんな時代を懐かしんで、それらのすべてを肯定しているわけではありませんがここから先は大人の世界ということで、ピシャリと扉を閉めてしまうといったことが、ある程度あってもいいのではないでしょうか。少なくとも今のように、大人の世界と子供の世界の境がほぼ完全に失われている状態は、ちょっと歓迎できません。
たとえば生活時間にしても、最近の子供たちはかなり幼いうちから、大人同様の暮らしをしています。しかし小学生が親と一緒になって十一時、十二時まで起きているというのは、どう考えても異常ですし、宵っぱりの癖がついているために、ほとんどの子供たちの脳波が午前中は眠っている状態と同じであると言われます。先生と親が一緒になって夕方から夜にかけての塾通い、あるいは子供が喜びそうなテレビ番組を遅くまで放映しているなど、子供らしい生活時間から彼らを遠ざける要素は、いろいろあるかもしれません。けれども親たるもの、れからは大人の時間。子供は寝なさいと、堂々とはねつけて構わないのです。
今の子供たちは、本来なら大人になったら00になりたいと目をキラキラ輝かせて言うべき年頃なのに、大人になんかなりたくないと答えるそうです。それは、世の中がどうなるか分からないという、彼らなりの虚無感や不安感もさることながら、大人の世界の良い面も悪い面も知りつくしているというところにもまた、原因があるように思えます。
子供は大人のミニチュア版であってはなりません。生き生きとした子供の世界を守ってやることは、結局大人の領分
を大切にするところから始まるのではないでしょうか。

  • 学校嫌いになる。
  • 子育てをしている親の世代には全然ない。
  • 子供の姿はやはりどこかおかしいとは思いませんか。

勉強ができるのね。

感謝の心を知らない子供は不幸です【禁句】「誰のおかげでご飯が食べられると思ってるの。
感謝してちょうだいよね」
【名句】「一粒のお米だって口に入るまでは大変なのよ。
一緒に感謝していただきましょうね」
偏食をさせない、ということと並んで、両陛下が厳しくしつけていらっしゃったのは食事のマナーです。マナーといっても、ナイフやフォークの使い方などではありません。
食事の前に必ず手を洗う、いただきますごちそうさまのあいさつを忘れないなどもっとも基本的な事柄です。
食事の前後にあいさつをするのは当たり前のことのようですが、そこにこめられた意味は大きいと思います。食事への感謝ができるかどうかは、決して大げさではなく、その人の人間性にも係わる問題ではないでしょうか。
子どもにほっとした思いを湧き立明るく迎え入れて
ところが家庭において、確かに比較的子供たちはいただきますごちそうさまを口にしているのですが、親のほうはどうかといえば、これが往々にして実行していません。
お母さんは子供たちの食事の世話にばかり気を取られ、お父さんは晩酌などしながら、いつの間にか食べ始め、食べ終わっているという具合です。それとも
だって、食事の仕度をするのは私なんだからもとはといえば、俺の稼いできた金だ
という気持ちがあるからでしょうか。
同じ理由で子供たちにも、親に向かっていただきます
ごちそうさま
を言わせているのだとしたら、これは思いあがりと言わねばなりません。
なるほど私たちが食事を口にできるのは、それを作ってくれた人、材料を買うお金を得るために働いてくれた人のおかげですし、感謝をしなければなりません。子どもたちに言うという

学校ではみんなに邪魔にされる

しかしそれよりももっと大きく、食物の流通にかかわったすべての人々、お米を作った農家の人、自然の恵み-要するにそれらをひっくるめたあらゆるものに感謝すべきなのです。
したがってお父さんやお母さんも、気持ちをこめていただきますごちそうさまを言わなければいけませんし、この感謝の心を機会あるごとに子供に教えて欲しいのです食事への感謝は、生まれてきたことへの、生きていることへの感謝ですし、すべての人によって生かされていることへの感謝です。これを知っている人間は幸いです。そしてこの敬虔な気持ちを自然に培うのがいただきますごちそうさまなのです。
子供にもプライドがあります【禁句】「うちの子は本当にどうしようもない子で。
お宅のお子さんがうらやましいですわ」
【名句】うちの子はどうも勉強はいまひとつですけど、よく手伝ってくれるので助かります二組の母子連れが、道で立ち話をしています。
「この頃ケンちゃん、遊びに来ないわね。きっとお勉強が忙しいんでしょう」
「とんでもない。子どもたちに言うという

子どもたちに言うという

ちっとも勉強なんかしやしないんですよ。やらなくてもできるくらいなら言うことなしだけど、人一倍もの覚えが悪いんだから。そこへいくとユカリちゃんはよくできて、うらやましいわ」
「いいえ、この子も勉強のほうはねえ。でも絵が好きで、大人になったらイラストレーターになりたいなんて言ってるんですの」
まあ、しっかりしてるのね。うちのは将来どうなることやら
そばで聞いているケンちゃんは、撫然とした表情で小石なんか蹴っています。
ちゃんも、ちょっぴり気の毒そうな、困ったような表情です。
ユカリ他人と話す時、私たちはしばしば謙遜を口にします。


先生と親が一緒になって 子どもは真っ正面から努力することの他 育てようと決意した末にわが家にやってきた里子

子どもの親は言う。

先生の立てる物音

二学期が始まった日、シゲル君も張り切って計画表を作り、勉強の予定がバッチリと書き込まれた紙を、誇らし気にお母さんに見せに来ました。どちらかと言えばのんびり型のシゲル君が珍しくやる気を見せたので、お母さんも大喜びしたのですが、三日もたつと雲行きがどうもあやしいのです。早くも計画どおりには進まなくなってきたのでした。
それでもシゲル君はすぐに取り戻せるさ
と笑っていたのですが、一週間目には計画さんは、思わずキツイ言葉で叱りつけてしまいましたでも、ちょっと待ってください。本当にシゲル君の失敗は、根気の無さが原因だったのでしょうか。そもそも計画自体に、無理はなかったでしょうか。
大人でさえ、ペーパープランの段階ではついこのくらいできるだろうという気になるものです。慣れていない子供ならなおさら、とても実行不能な計画を立ててしまうこともあります。
育てようと決意した末にわが家にやってきた里子

経験でも牛乳はたしかに下痢することがあると思う。

母が早く死んで不幸だったと思いつづけて生きてき

まずは自分からやる気になったことをほめた上で、お母さんが目を通してあげてくださいどうしても自分の計画でやるのだと言い張るのなら、しばらく様子を見ます。そして挫折した時点で、プライドを傷つけないように、適切なアドバイスを与えます。間違ってもそら、ごらんなさいなどと言って、やる気を失くさせないことです。
計画の内容は、はじめは、ちょっとユッタリしすぎたかな、と思われるぐらいのほうがいいと思います。また家庭学習については、四日五日につき一日程度の予備日を設け消化できなかった分は、この日にまわすようにしたらいかがでしょう。


教育による能力は全体の能力からしたら小さい反面
教育による能力は全体の能力からしたら小さい反面

教育にしてしまえば

子どもからの反発に会うとつくづく情なくなりある日むろん予定どおりに進んでいれば、この日は晴れてのんびり遊べるわけで、励みにもなります。
そうこうしているうちに、だんだん計画どおり規則正しい毎日が過ごせるようになり余裕がでてきたら、もう少し盛りだくさんなプランへと進めていけばいいでしょう。
っていない、
集中力のない子供には【禁句】
さあ、机に向かって教科書を読みなさい。
鉛筆で遊ばないで、ホラ背中が曲がってるし【名句】十分間でここまで読めるかやってみよう。
できたら偉いわよ

落ち着きがなく、三十分と机の前に座っていられない-思うように子供の家庭学習が進まない時、その原因としてお母さん方があげる、もっとも代表的なものの一つです。落ち着きがないとは、言い換えれば集中力がないということです。
子育ての上ではなかなか大切なところですそんなわけ母親以上に細かい私が長年、中学·高校で教えてきた経験から言っても、勉強ができるできないを左右する重要なポイントは、やはり集中力です。本当によくできるな、と思う生徒は例外なく優れた集中力の持ち主なのです。むろん勉強の面だけではなく、何に関しても集中力があるということが、非常に良い要素になるのは言うまでもありません。
美智子さまが、浩宮さまの養育に当たる私たちへの注意点をいくつか綴られた、いわゆるナルちゃん憲法の中に、できるだけ1つのもので遊ばせるようにという1項があり、美智子さまがいかに早くから集中力の訓練を心にかけておられたかが分かります。
どんなに落ち着きがないように見える子供でも、本当に自分が好きなことをやっている時は、お母さんの声もいっさい耳に入らないくらい熱中しています。幼児期ならナルちゃん憲法にもあるように、何かに熱中している最中には、なるべく中断させたり、他のもので注意を引かないようにしてください。

子供も不安になるものです。

これが集中力を養う第一歩です。
学校へ通うような年齢になれば、好きなことだけに熱中していればいいというわけにもいきませんから、今やるべきことに全注意を向ける、つまり集中力の使い方を覚えさせなければなりません。ここでしばしばお母さんが失敗するのは、落ち着かない子供にイラつくあまりちゃんと本を見なさい体を揺らさないでホラ姿勢が悪ぃなどと、次々に注文をつけることです。これが、ますます子供から落ち着きを奪います自分からは集中できない子を勉強に向かわせるには、おやつを食べ終った、テレビを見終ったなど、気持ちのくぎりのいい時を見計らって、具体的な時間と目標を示し十分間で教科書のここからここまでを読んでごらん
とだけ言ってください。あとは黙って見ています。時間は短いほうがよく、十分間頑張ったらよくできたねとほめ、休憩を取るのです。これを少しずつ伸ばし、一時間に達する頃には、自分でもかなり集中力をコントロールできるようになっているはずです。
子どもは真っ正面から努力することの他


中学生は二八パーセント。
中学生は二八パーセント。

子供たちの中で遊ぶということがあまりありません。

暗記力と理解力の関係【禁句】「どうしてこんなことも憶えられないの。
とにかく丸暗記すればいいんですよ」
【名句】「こういうふうに考えていけばよく分かって早く憶えられるようになると思うわ」
いわゆる丸暗記なる勉強法があります。どういうわけか、これが好きなお母さんがいて、いくら理論を説明しても子供が理解できないと見てとると「いいわ。じゃあ、とにかくこれだけ丸暗記しちゃいなさい。必ずテストに出るからね」
などと教えています。
勉強に暗記は大切です。知識は実際に記憶していなければ、何の役にも立ちません。しかし何を覚えるのか、どんな事柄に丸暗記がふさわしいのか、ここを間違えると、せっかく苦労して暗記しても無駄ということになりかねません。

先生のおかげ