子どもたちの列車の中の姿はどうでしよう。

子どもの姿

あとから思うと、そうした決心をしたあたりから、自分自身としては大きく成長したような気がする。それまでは、たとえどんなにやかましく言われても物差しでぶたれても、家を出ようなどという発想は出てこなかった。それが前の晩に叱られ、今日また叱られるのはたまらない、自分にとって好ましくない環境から何とか逃れよう、何としても逃れたいという旺盛な意識が、そのとき突然芽生えたのである。
かといって、そのときはまだ家出などしようとまでは思っていない。ただ、いますぐ家に帰れば、どうして学校に行かないのかと叱られる。そこで学校に行っているはずの時間を、どこかでつぶそう。とにかく時間をかせいで、ちょうど学校から帰るころに家に帰ろう-思えば、親にうそをつき、また真実をごまかすのだから、悪いことにきまっている。

  • 子どもは翌朝何事もなかったように起きてき
  • 子どものときの消費生活
  • 教育小さいときからよく怪我をした。

大学行けへん

それを悪いと思えなかったのはどういう気持であったろうか
実家がまだよかったころ、私についていたお手伝いのお母さんが、他家につとめていた。
私は日暮里にあるその家に行こうと思ったのである。どうしてそこへ行く気になったかそこにはあのお手伝いのように自分をかばい、自分を守ってくれる者がいる。そこでしばらくのんびりしたい。叱られないですむ場所にいたい。その気持が、日暮里までの切符を買わせた。
日暮里というところは、上の方が山、ドの方が低地で、三河島、尾久など·荒川の沖積層の田園地帯である。周りが畑の中の一画に、その家はあり、所番地を覚えていたわけではなく、ただ苗字だけを知っていて、たずねあてたのだから、子供とはいいながら、ませていたのだと思う。苗字と、母と子で絵を描くひとの家ということだけでわかり、駅前で聞くと、すぐ道を教えてくれた。その家では家じゅうで歓迎してくれて、おいしいお菓子もいただいた。子ども部屋に置くにして

教育のあり方の影響が大きいと思うのです
教育のあり方の影響が大きいと思うのです

父親はないがしろにされる。

庭には池があって鯉や金魚がいる。ぶどう棚にはぶどうがみのり、花だんには秋草が咲いていて、私は何かと楽しく、時間かせぎであることも忘れてしまった。三時頃になってその家を出て、もうこれではとても家には帰れない。なぜこんなに遅くまで学校にいました?と叱られるに決まっている。といって、あの家に泊めてもらう理由もない。まして、一緒に家に行って、母にわびてくれとたのむわけにもいかない。あれこれ考えたとき、まず死ぬことを考えた。死んでしまえばすべて終わるという考えである。

父親の背中を見て育った。

このときの自分のことを思い出すと、やはり、あまりひどい叱り方はよくないと思うそこには一つの線があるはずである。つまり、お母さんが怒ったり、叱ったりしてくれて、うれしいということにも限度があるということ。子供が笑って受けとめられるうちはよいけれども、その叱り方や怒り方が二乗、三乗と拡大されていくと、子供にとって耐えられる限界を超してしまう。
よくお風呂屋さんとか電車の中で、若いお母さんが、子供を叱っているのを見かけるけれど、私はそういうとき、いつも叱られている子供の顔を見る。子供がそれをどう受けとめているか。子供が表情をくずしていないときは、まだ大丈夫だろうなと思う。親が興奮して、どんどん叱っていくうちに、子供がうつむいたり、泣き出しそうになったら、親はそこで自分の感情を抑えなければならないと思う。

しつけるような譲り方をしないよう心がけましょう。

ところが親は、一たん怒り出すと、なかなかブレーキがかからなくて、怒るために怒る叱るために叱る、というようなことになり、子供にとっては、受けとめられるぎりぎりの線を超えてしまう。親はだれのために怒っているのか。子供のためを思って怒るというのが大義名分だけれど、実は自分の怒りたい気持を満足させるためではないのか。自分自身の日常的な不満や苦しみを子供にぶつけ、子供をその吐け口としているところはないのか私の母の場合は特にストレスがいっぱいあったと思う。死んだ夫の代りに、まだ若いのに大きな借金を負い、子供も大ぜいいて大変だ、なのにその一人の子供が宿題もせずに遊んでいる。そのくやしさをストレートにぶつけたくなるのはむしろ当然だけれど、子供としては、お母様、もうダメですと白旗をあげたくなってしまう。

子どもを見守
子どもを見守

いじめらい

私は自分で言うのもおかしいけれど、かなり親思いの子供だったと思う。母親が苦労しているのがよくわかって、可哀想でならなかった。母がもしかして自殺するのではないかといつも心配した母は夜、子供たちを寝かせたあとで、仏壇に灯明をあげ、いつまでも泣いていることなどがあり、私はふとんの中に入りながら、
お母さんは明日の朝までに死んでしまうのではないか、死んでお父さんのところに行ってしまうのではないかと心配でならなかった。
それでいて、いつかうとうとしてしまうのだけれど母とお使いに行き、夜の道を歩いて帰ることがある。
私はだまって歩く母のそばで、な
るべく大きな声で、かった。
おもしろい、明るい歌を歌った。


子ども部屋に置くにして 練習のやり方でもめてるんだぁ 子どもたちの列車の中の姿はどうでしよう。