子どもは真っ正面から努力することの他

母親に赤ん坊をくすぐってもらうのである

大人にもまた大人の領分があってしかるべき、と私は考えます。
かつては兄弟数が多く、また地域社会での横のつながりが密接でしたから、子供の世界というものが歴然と存在していました。同時に親同士も近所の寄り合いなど頻繁にあって
大人だけの付き合いが保たれていたのです。そこでどんなことが行なわれているのか、子供たちはうかがい知ることはできませんでした。
決してそんな時代を懐かしんで、それらのすべてを肯定しているわけではありませんがここから先は大人の世界ということで、ピシャリと扉を閉めてしまうといったことが、ある程度あってもいいのではないでしょうか。少なくとも今のように、大人の世界と子供の世界の境がほぼ完全に失われている状態は、ちょっと歓迎できません。
たとえば生活時間にしても、最近の子供たちはかなり幼いうちから、大人同様の暮らしをしています。しかし小学生が親と一緒になって十一時、十二時まで起きているというのは、どう考えても異常ですし、宵っぱりの癖がついているために、ほとんどの子供たちの脳波が午前中は眠っている状態と同じであると言われます。先生と親が一緒になって夕方から夜にかけての塾通い、あるいは子供が喜びそうなテレビ番組を遅くまで放映しているなど、子供らしい生活時間から彼らを遠ざける要素は、いろいろあるかもしれません。けれども親たるもの、れからは大人の時間。子供は寝なさいと、堂々とはねつけて構わないのです。
今の子供たちは、本来なら大人になったら00になりたいと目をキラキラ輝かせて言うべき年頃なのに、大人になんかなりたくないと答えるそうです。それは、世の中がどうなるか分からないという、彼らなりの虚無感や不安感もさることながら、大人の世界の良い面も悪い面も知りつくしているというところにもまた、原因があるように思えます。
子供は大人のミニチュア版であってはなりません。生き生きとした子供の世界を守ってやることは、結局大人の領分
を大切にするところから始まるのではないでしょうか。

  • 学校嫌いになる。
  • 子育てをしている親の世代には全然ない。
  • 子供の姿はやはりどこかおかしいとは思いませんか。

勉強ができるのね。

感謝の心を知らない子供は不幸です【禁句】「誰のおかげでご飯が食べられると思ってるの。
感謝してちょうだいよね」
【名句】「一粒のお米だって口に入るまでは大変なのよ。
一緒に感謝していただきましょうね」
偏食をさせない、ということと並んで、両陛下が厳しくしつけていらっしゃったのは食事のマナーです。マナーといっても、ナイフやフォークの使い方などではありません。
食事の前に必ず手を洗う、いただきますごちそうさまのあいさつを忘れないなどもっとも基本的な事柄です。
食事の前後にあいさつをするのは当たり前のことのようですが、そこにこめられた意味は大きいと思います。食事への感謝ができるかどうかは、決して大げさではなく、その人の人間性にも係わる問題ではないでしょうか。
子どもにほっとした思いを湧き立明るく迎え入れて
ところが家庭において、確かに比較的子供たちはいただきますごちそうさまを口にしているのですが、親のほうはどうかといえば、これが往々にして実行していません。
お母さんは子供たちの食事の世話にばかり気を取られ、お父さんは晩酌などしながら、いつの間にか食べ始め、食べ終わっているという具合です。それとも
だって、食事の仕度をするのは私なんだからもとはといえば、俺の稼いできた金だ
という気持ちがあるからでしょうか。
同じ理由で子供たちにも、親に向かっていただきます
ごちそうさま
を言わせているのだとしたら、これは思いあがりと言わねばなりません。
なるほど私たちが食事を口にできるのは、それを作ってくれた人、材料を買うお金を得るために働いてくれた人のおかげですし、感謝をしなければなりません。子どもたちに言うという

学校ではみんなに邪魔にされる

しかしそれよりももっと大きく、食物の流通にかかわったすべての人々、お米を作った農家の人、自然の恵み-要するにそれらをひっくるめたあらゆるものに感謝すべきなのです。
したがってお父さんやお母さんも、気持ちをこめていただきますごちそうさまを言わなければいけませんし、この感謝の心を機会あるごとに子供に教えて欲しいのです食事への感謝は、生まれてきたことへの、生きていることへの感謝ですし、すべての人によって生かされていることへの感謝です。これを知っている人間は幸いです。そしてこの敬虔な気持ちを自然に培うのがいただきますごちそうさまなのです。
子供にもプライドがあります【禁句】「うちの子は本当にどうしようもない子で。
お宅のお子さんがうらやましいですわ」
【名句】うちの子はどうも勉強はいまひとつですけど、よく手伝ってくれるので助かります二組の母子連れが、道で立ち話をしています。
「この頃ケンちゃん、遊びに来ないわね。きっとお勉強が忙しいんでしょう」
「とんでもない。子どもたちに言うという

子どもたちに言うという

ちっとも勉強なんかしやしないんですよ。やらなくてもできるくらいなら言うことなしだけど、人一倍もの覚えが悪いんだから。そこへいくとユカリちゃんはよくできて、うらやましいわ」
「いいえ、この子も勉強のほうはねえ。でも絵が好きで、大人になったらイラストレーターになりたいなんて言ってるんですの」
まあ、しっかりしてるのね。うちのは将来どうなることやら
そばで聞いているケンちゃんは、撫然とした表情で小石なんか蹴っています。
ちゃんも、ちょっぴり気の毒そうな、困ったような表情です。
ユカリ他人と話す時、私たちはしばしば謙遜を口にします。


先生と親が一緒になって 子どもは真っ正面から努力することの他 育てようと決意した末にわが家にやってきた里子