子どもに囲

母親がどうやら朝方に帰ってくる水商売のよう

大ぜいいた使用人も、一人もいなくなってしまった。
子供たちは全員、家事を手伝わなければならない。朝も早く起きて、学校に行く前に玄関の掃除をし、ときには、おみおつけに入れる味噌を酒屋さんに、それも朝の六時ごろ起こされて買いに行かされるという生活が始まった。
私の通った学校は、いまの学芸大の附属で、いわゆる良家の子弟が多く、朝六時に起こされて、酒屋に味噌を買いに行かされるような子はあまりいなかったのではないかと思う昔はたやすく使用人を雇うことができたから、普通の家にはお手伝いがいた。その中で私の家は、子供に1人ずつのお守り役がいたほどであったのが、だれもいないということで、子供ごころに、家の中まで外の寒い風が吹きまくっているような、わびしい気がした町のひとたちの態度が変ったこともよくわかった。

  • 母親の心が裂け開いて
  • 母親だけが逮捕されて
  • 母さんであれば最高ではないでしょうか。

子供のために真の宗教心を燃やすときである。

大きな家の子が、小さな家に入ってしまった。あそこは借金がいっぱいあるということだ。そんな視線が、全部自分に注がれているような気持をいつも持っていた。境遇が変り、母親不在で、周囲から白い眼で見られる。いじめっ子にとり囲まれるという状態。これは、近ごろの子供たちが家出をしたり非行に走る場合の、原因の一つになっていることである。小学校三、四年ころの私は、そういう環境の変化に、子供なりにどう対処しようとしたろうか。まず逃れることだった。
道を歩くときでも、なるべくいじめっ子のいない通りを拾って歩くよく子供でも、いじめつ子の家に火をつけるのがいる。
らないまでも、ひとつおどかしてやろうとするのだろう。
れれば、こっちも仕返しをしようとするのである。
一種の復讐で、大きな火事にな石を投げる子もいる。父親の仕事をする姿に感銘して

子どもの人格を創造的にすることにつ
子どもの人格を創造的にすることにつ

母さんの言ったことと実際の行動が伴わない

いじめらいまの学校でも、クラスに何人かはいじめつ子がいるものだ。
わり、力の強い子は力で他人を自分の支配下に置こうとする。
勉強があまりできないかそのために、意外と勉強
あのよくできる子が、いじめっ子に脅迫されたりする。最近でも、クラスの子にいじめられて自殺した子の話が新聞に出ていたけれど、私もまさに、いじめっ子に取り囲まれた小学校時代だった。
私はもともとだらしがなくて、よく筆箱や教科書を忘れて学校に行っては、先生や隣のひとに借りた。そんなときあそこのうちは貧乏になったから、鉛筆や教科書が買えないのよと言われてしまう。それも直接には言われないで、あなたのことをだれかさんがこう言っていたわよとほかのひとが教えてくれた。

勉強のほうはねえ。

今でも思い出してくやしかったのはあのひとのそばに行くとシラミがわいているなどと言われたことであった。いまはシラミなど、ほとんどいないと思うけれど、昔は、掃除も洗たくもしないような、不潔なひとの住むところにはシラミがわいたという。私はまだ本物のシラミは一度も見たことがない。そして、シラミがわいたなどと言われたことに言い知れぬ屈辱を感じた。しかし私は、どういう性格なのであろう、自分でもよくわからないけれど、軽蔑されたり、いじめられたりしても、むきになって反抗しようという気持はあまりなかった。生意気なようだけれど、そんないじめつ子を相手にするのは、自分が勿体ないという気があった。
よく親からは、強情な子だと言われた。強情とは、とがどういおうと、自分は自分だという精神が強い。
もろいとか弱いとかの反対で、ひその上残念なことに、私は学校の勉強がわりによくできた。私の通った学校では、教室の後ろに黒板があって、テストや試験のたびに、点数と名前が張り出される。

子どもは感じているはずです。

そんなときいじめっ子がどんなにいじめようと、くやしかったら勉強で来いみたいな気持が私には六母親たちの中には、いじめつ子がいて困りますとこぼすひとがよくあるけれど、いじめっ子相手にけんかすることはおろかしいし、復讐するのもあほらしい。それは自分が傷つくことなのだから。どんなにいじめられても、どんなに軽蔑されても、たった一人の自分に誇りを持たせることが大切だと思う。そういう連中は相手にしない。言いたいだけ言わせておけば、相手はそのうち、つまらなくなってやめてしまう。
中には学校の成績が悪くて、軽蔑される子もいるだろうけれど、あなたは成績は悪いけれども、心はとてもやさしいとか、気持がかわいい、素直な子だなどと言って、子供に自分なりの誇りを持たせること。

学習します
学習します

子どもを大きく包み込む力を持つ。

私の母がいつも教えたのは、くだらない人間は相手にするなということであった。母自身、誇りの高いひとであったと思う。「ひとのことをいじめてよろこぶのはくだらない人間だ。そういう者の相手をすると、自分までくだらなくなる」と力強い調子で言い、母にそう言われると、どんなにいじめつ子にいじめられても、心がなぐさめられた。

友達がいない

ということ子供の頃、私が一番好きだったのは、お墓場である学校は国電現JRに乗って一駅のところにあったので、行きは時間に間に合うように電車に乗るけれど、帰りはいつも歩いた。


父親の仕事をする姿に感銘して 母親は生まれながらに胎脂を与えたとえ自分が死ん 母親は生まれながらに胎脂を与えたとえ自分が死ん